成功事例紹介公設試とつながって、成果を出した事例を紹介。

食品中の汚染微生物の有無を
0.5日以内に迅速・低コストで測定。

成果のポイント

多種微生物を一括に検出できる高性能抗体を利用した微生物検出と、ISFET半導体技術を掛け合わせることで、食品中の汚染微生物の有無を0.5日以内に迅速・低コストで測定する技術を産学官連携で開発。「バイオスカウター」として製品化し、食中毒を防ぎ食品流通の安全性を担保する。

製品開発

2022.03.24

活用サービス
共同開発
社名
佐々木化学薬品株式会社
公設試名
京都市産業技術研究所
研究者氏名
研究室 バイオ系チーム 主席研究員 泊 直宏

高まる「食の安全のための指針」に
対応する画期的技術。

食の安全に関しては世界的に関心が高まってきており、こと安全性の基準値が非常に厳しい日本の食品業界においては2021年6月よりHACCP(ハサップ)が完全義務化もされた。これにともない食品工場や飲食店では、微生物検査への関心がますます強くなっている。食中毒防止や食品の品質確保には、食品に付着した細菌などの微生物の制御が常に不可欠だ。
しかし細菌などの微生物は肉眼での観測ができず、知らぬ間に増殖・汚染を広げる危険がある。微生物による健康被害を防ぐためには公定法の検査があるが、現状の培養法では結果が出るまでに2~3日を要する。かりに検査結果が有害と出たとしても、すでに食品が市場に出まわっているため回収する負担も大きくなり、それが遅れると社会的な風評低下にもつながる。同時に現場では検査にかかる時間、コストなどに頭を悩ませており、迅速で手軽な検査方法の確立が求められていた。
そこに画期的な技術を持って登場したのが、食品中の汚染微生物の有無を0.5日以内に迅速・低コストで測定できる「バイオスカウター」だ。こちらの開発にあたった泊は2003年に京都市産業技術研究所(現地方独立行政法人京都市産業技術研究所)に入所。日本酒の製品開発を支援しているバイオ系チームに所属し、タンパク質分析・解析を担当する。またISFETの研究に2006年頃から加わり、分析測定から技術開発に参画。前任者が取り組んでいたバイオセンサーの開発を引き継いだ。「ISFET(イオン感応性電界効果トランジスタ)は、水素イオンの濃度の変動を測ることができるセンサーです。酵素反応では水素イオンの濃度が変わることが多く、これによって酵素の反応が測れるのではないかと注目しました」

※HACCP
Hazard Analysis and Critical Control Pointの略で、食品衛生管理の手法のこと。食品を提供するあらゆる業態を対象に、食品が完成してからではなく、製造段階で生じるリスクも予測、分析し食品の安全を確保する

知見や技術を注ぎ込み
産官学連携の総力戦で挑んだ製品開発。

その後、京都市内のベンチャーである株式会社バイオエックスとともにバイオセンサーの用途開発に取り組み、酵素反応を検出するセンサーとして装置とアプリケーションを開発。「検出対象物質(微生物)に対して酵素反応を指標にセンサーで測定し、抗原抗体反応を検出することができます。この技術をシーズとして保有しました」。今回、共同開発をした佐々木化学薬品株式会社は、一般化学薬品や金属表面処理薬品、乾燥機能付き樹脂の開発・製造・販売をおこなう会社。新たな事業として、試薬や化学薬品の販売を通じて得たネットワークや、これまで経験してきた産官学連携での知見を活かし、数年前よりバイオの領域に参入したいと相談されていた。
そこで泊らがライフサイエンス分野のものづくりに入るきっかけとして、「バイオセンサーで微生物を捕まえるシステムをつくりませんか」と声がけしたという。試薬とハードウエアを同時進行でつくるのは難しいので、株式会社バイオエックスがハードウエアの開発を担当。そういったノウハウを含めて事業化したいと、同社はこのプロジェクトがきっかけで佐々木化学薬品株式会社に子会社化された。
今回の研究課題である「高発現表層タンパク質を標的とした低コスト迅速分析を可能とする微生物検査の革新」は、経済産業省(近畿経済産業局)の公募事業「平成28年度戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)」に採択された(事業実施は平成28年度~30年度)。連携体は佐々木化学薬品株式会社と地方独立行政法人京都市産業技術研究所、独立行政法人製品評価技術基盤機構 (NITE)、国立研究開発法人産業技術総合研究所、摂南大学、抗体・試薬ベンチャーの株式会社メイベルらで構成。タンパク質の知見、バイオセンサーと抗体を用いて酵素活性を指標に標的を特異的に検出する技術、微生物8万種の遺伝子データ情報といったそれぞれの技術や知見を融合させた総力戦ともいえる布陣で臨んだ。プロジェクトにおいて公設試は、抗原の探索(手法の開発を含む)と試薬キットの設計の一部を担当。多種微生物を一括に検出できる高性能抗体を利用した微生物検出と、ISFET半導体技術を掛け合わせることで、「食品中の汚染微生物の有無を0.5日以内に迅速・低コストで測定する技術を開発し、食品流通の安全性を担保する」ことを目的とした。

研究用の複雑な装置を
いかに「誰でも簡単に」使えるようにするか。

この課題を達成するためにはまず装置の開発から。「専門的な知識を持った研究者ではなく、使用シーンから誰でも使えないとダメ。バイオや実験研究になじみのない飲食チェーンの調理場のスタッフでも直感的に操作できるものでないと」。卓上の研究機器や実験機器から改良を積み重ね、装置としてもコンパクトなものでなければならない。なかでもこだわったのがこの小型化だ。市場でヒアリングを重ねた結果、現場からは「設備と手間」がもっとも問題視されていた。広くない調理場でも邪魔にならないサイズで、試験室にある設備や器具を使わなくても食品検査ができることが望まれた。
「自分が研究用として使っていたものはそもそも大きく、パソコンとつながねばならず、さらに多くの周辺機器も必要で一般の人には非常に扱いづらい。採取から検査結果が出るまでのステップも多かった」。どうすれば専門知識もない人が簡単に扱えるのか。測定用の治具などを考えるのも難しかった。現場からのヒアリングにくわえ、「自分たちのあたり前を捨てて」一般消費者の目線に立ってどうしたら扱いやすくなるか考えた結果、パソコンがなくても完結できるタブレット型にたどり着いた。
さらにISFET計測に適した酵素の開発と計測条件を確立し、煩雑なステップを簡略化し3ステップで測定できる機構を開発。バイオセンサーはまだ大学での研究レベルであり、実用化されているものがほとんどない。それを今回は製品化し実用域まで引き上げた功績は大きい。また誰でも容易に合否を判断できるシステムを開発するため、測定フローの構築、試薬キットの開発を実施した。これによって専門知識不要で直感操作可能な装置、多数の細菌を捉える抗体試薬、使いやすい試薬キットが揃った。

安全性を確保する製品が
食にまつわる現場を大きく変える。

実際の使用シーンを見ていこう。まずは綿棒でサンプルを摂取。2~3時間の培養後、試薬で抗原抗体反応させて装置内に配置するバイオセンサーに一滴垂らす。そしてタッチパネルの画面で使用者とサンプルの種類を選択。測定開始ボタンを押せば約10分後に有害・無害のジャッジが出る。培養時間を含めてもサンプル採取から0.5日以内での計測が可能となった。
サンプルは食品からだけでなく、大腸菌などは人を介して感染するものなので、調理する人が扱うまな板や包丁、冷蔵庫の取っ手からも採取。これによって環境の改善にもつながる。「これはあくまで自主検査になりますが、まずこちらで安全か危険かのふるいにかけることで、水際での食中毒防止につながり、その後、公定法で検査することで安全性は高まります」
現在は一般細菌と呼ばれるものを対象にしているが、サルモネラ菌など食中毒の原因となる菌も捕まえることができないか。培養にかかる時間をスピードアップできないかなど、今も共同研究でブラッシュアップは続いている。「バイオスカウター」と名づけられたこの機器は、テストマーケティングをしながらどういった売り方をしていくか佐々木化学薬品株式会社とともに考案中。開発製品の販売先は、仲卸業者、スーパー、デパート、レストラン、食品会社、食品検査の受託分析会社や検査キット販売代理店などを想定している。「今は試薬の最終チェック中で、これが完了すれば早期に上市していきたい。広く食品製造の現場に行き渡って食の安全を確保できれば」

研究者紹介

公設試名
地方独立行政法人京都市産業技術研究所
肩書き
研究室 バイオ系チーム 主席研究員
研究者名
泊 直宏
専門分野
タンパク質分析
会社概要
1946年の創業以来、一貫して金属表面処理薬品の開発・製造・販売をおこなう。携帯電話に搭載された液晶画面の基盤、コンピュータの基幹部品であるHDD、あるいは研究活動には欠くことのできない試薬など、現代生活を支えるさまざまな製品づくりにおいて、同社の技術が不可欠な役割を果たしている。また社会の急激な変化や細分化する顧客の要望に応えるため、社内研究開発部門を金属表面処理・機能性樹脂・ライフサイエンスの3部門に編成。それぞれの事業内容に特化した研究を深め、研究結果をいち早く製品開発に活かす態勢をとっている。
企業情報
佐々木化学薬品株式会社
所在地
京都府京都市山科区勧修寺西北出町68番地
電話番号
075-581-9141
URL
https://www.sasaki-c.co.jp/