研究者紹介研究者・シーズにスポットを当て取材、理解を深める記事。

1新たな情報提示スタイルを切り拓くホログラムの世界。

もっとも自然で理想的な立体表示技術として、注目されているホログラフィック3Dディスプレイにおいて、立体像が観測可能な範囲(視域)を拡大する手法に取り組む。高速応答可能な空間光変調器を用いた時空間分割多重方式により、水平方向の視域拡大に成功。ミラーを高速に回転し、その回転角に応じたホログラムを表示することで、360°どこからでも立体像が観測可能となった。

公設試名
地方独立行政法人大阪産業技術研究所 和泉センター
肩書き
製品信頼性研究部 電子応用工学研究室 主任研究員
研究者名
山東 悠介 氏

研究のきっかけ

大学時代、光の制御に興味を覚えた山東悠介さん。大阪産業技術研究所では電気関係の試験部署で、依頼試験など技術支援業務に携わっていた。3年ほど経ち、研究テーマを求められたときに考えたのは「せっかくやるなら好きなこと」。またそのタイミングで大学時代の指導教官から博士号取得の声もかかり、本格的にホログラムの研究に取り組むことになる。

目には見えるのに、触れられない。
光を制御すれば幻のようなものがつくれる。

ホログラムを光学的に作製するには、通常の光に加え「参照光」というものを使う。すると記録媒体には両者の光の干渉縞を記録することになり、1枚の記録媒体に物体の像を立体」として記録できる

立体で記録し、映像も立体として再生できるホログラフィが、今の一般的な映像と同じクオリティを備える日がくれば私たちの生活は一変する。そんな未来に向けて、現在も多くの研究者が課題解決に取り組んでいる。大阪産業技術研究所和泉センターの山東悠介もそのひとりだ。
最初にホログラムに興味をもったのは大学時代、教室の片隅に置かれていたおもちゃから。2枚の凹面鏡を貝殻のように合わせたその物体は、上に穴が開いておりそこからのぞき込むと、穴の近くに何かものがあるように見える。だが手で触ろうとしてもけっして触れない。「種明かしをすると物体は別の場所にあって、レンズを使って結合させているので、そこに存在するかのように見えるんです。これはホログラフィとは関係ない技術ですが、光を制御することで幻のようなものがつくれると知った。そこで興味を持って光の研究室に入りました」その後、開発職で企業に入社するも、もう少し研究を続けてみたいと公設試に転職。3年ほど経つと受託研究では一歩突っ込んだ支援や提案もできるようになり、積極的に製品開発に関わることが面白いと思いはじめた。「そのためには企業が持っていない技術力が必要。幅広い電気・電子の分野で、どの技術力をブラッシュアップするか考えたときに、好きだった光関係に目が向いたんです」
本格的にホログラムの研究に取り組んだのは2015年頃。「当時はホログラフィが本当に実用化できるのかは定かではありませんでした。ただ実用化はまだハードルが高いけれど、研究していくなかで培った技術を使えば、私にも企業のサポートができるのではないかという思いもありました」

意外と知られていない
ホログラムとホログラフィの違い。

ホログラムはデータ量が膨大なうえに、より高い解像度を再現できるディスプレイデバイス必要。また、高精度なホログラムは光の制御にレーザー光を使うため、機材も特殊なものが多い

一般的にホログラムと称される「空中に浮かぶ立体映像」は、近年のAR・VR・3DCG・プロジェクションマッピング技術の発展を背景に、目にすることが増えてきた。しかしいずれも波として見た光の波面(位相)を物理的に整合性の合うように制御したものではなく、擬似的に「ホログラム的」な表現をおこなっているものだ。「空中浮遊像=ホログラムというように思われていて。像が空中浮遊するだけでインパクトがあるので注目されがちですが、これらは違うものです」と山東。ここでホログラムとホログラフィの違いについて整理しておこう。ホログラフィは光の波面を制御(記録/生成)する技術のこと。ホログラムとは写真のネガフィルムのように光の分布を変調するものを指す用語であり、変調の仕方に応じて立体的になったり違うものに変わって出ていく。
「たとえば窓ガラスは光が入っても透過するだけですが、曇りガラスになると光は散乱します。この場合のガラスは変化を与える素子。曇りガラスだとその変化はランダムですが、ホログラムになると規則性を持ち、求められる位置に像を結ぶように変えることができる。つまりホログラムを使えば光を制御できる。この技術をホログラフィといいます」山東の研究はホログラフィック3Dディスプレイにおいて、立体像が観測可能な範囲(視域)を拡大する手法を得るというもの。ホログラフィック3Dディスプレイは、自然で理想的な立体表示技術として注目されている。しかし解像度やサイズといった表示デバイスの性能が不十分なため、視域が狭いという課題があった。これに対してミラーを高速に回転させ、その回転角に応じたホログラムを表示することで、360°どこからでも立体像が観測可能とした。また水平方向だけでなく、垂直方向にも広い視域が得られる凸型放物面鏡の反射特性を活用した、全方向観測可能なシステムも提案している。

この技術を有効利用してもらうため
実用化に向けて展示会への出展も。

LED照明やスマートフォンのライトを裏側に垂直に当てるとメダルのネズミの体の部分に「子」の文字が現れる

ホログラフィの応用分野としては3Dディスプレイがあり、当初は大手電気機器メーカーをターゲットに考えていたという山東。しかしすでに3Dテレビも開発されており、この分野で生産するには価格が見合わないことから、大学や研究機関、医療関係といった専門用途での応用へと方向転換。「医療関係は3Dディスプレイが実用化されてはいますが、まだコストの問題がある。手軽な手術シミュレーション用のデバイスに使えれば、これは解消されます。ほかにも飛行機のコックピットのヘッドアップディスプレイ用コンバイナとしてもホログラムが使われており、空中に映像を出すことにも応用されていたんですよ」。またおもしろいところでは造幣局が毎年、干支をテーマに販売している純金「干支メダル」がある。表面に光を照射すると干支の文字が現れるが、これも同研究室が開発した技術を応用したホログラム潜像によって、微細加工をメダル表面に施したもの。ホログラフィのメリットは自然な形で像が表示できること。「相性のいいウエアラブルディスプレイやIoTと組み合わせれば、ショップの前にCMを出たり、スマートウォッチから立体像が見えるというように情報の提示方法が大きく変わります」。ホログラムの映像は人間の眼の分解能では追いつかないくらい、微細な表現が可能だ。現状の課題は小さいものしか表示できないこと。それとパターンの計算速度が追いつかないため、静止画はできても動画はまだ難しいという。
そういった課題を解決する方法として、山東は展示会への出展をあげた。学会で同じ分野の人と議論を深めるも大切だが、同時に一般ユーザーからの意見も重視しているという。「私の研究分野である3次元ディスプレイは、“見てなんぼ”のものなので展示会などに出展すれば、思いがけないフィードバックをもらえるかもしれない。そこから共同研究、さらには実用化の道につながれば」

周辺環境が整えば、
ホログラムはより身近なものに。

共同開発で誕生した【コアビーム】は、距離による光の広がりを最小限に抑えた超微細レーザー光。目視での正確な位置決め、測定が可能に。
LBコア株式会社

技術指導や共同開発をしながら、ビジネスの出口へと誘導することも公設試の仕事だ。山東も公募型共同開発事業で、光の技術を使った支援に携わった。これはLBコア株式会社からの依頼で、同社の「既存のレーザー墨出し器の性能を上げる」という案件。レーザー墨出し器とは、数本のレーザー光を壁面・天井・床面に照射し、水平、直角などの基準となる線を出す(建築用語では「墨を出す」)精密測定工具のこと。共同で研究開発し、現在は製品化に向けてのサポートをしている。「この製品の光源部の開発に携わり、精度をステップアップさせることで使用範囲が広げ、より手軽に使えるようにしました。実際に測定して問題点を洗い出したり、技術を持っているからこそ別の視点からも見ることができますし、自分たちしか気づかないことを顧客に伝えられます。同時にそういうことを気軽に言える信頼関係を築くことも必要です」。やりとりのなかでは販売ターゲットについても言及したことも。「この製品は、建築現場で使われることが多いです。しかし実際扱ってみると、私自身が実験室で使いたいと感じた。ですから大学の先生にも売り込めるんじゃないかと思うんです」。
最後にホログラムの未来について語ってもらった。「実現できるかわかりませんが、コンタクトレンズをディスプレイにできたら。駆動力源は? 光源は? といろんな問題はあるのですが、そういったものがクリアできれば、気軽に装着するだけで3D映像を見られ、さらに視力矯正もできます。視力補正はホログラムの得意分野ですから。有機半導体デバイスが進化すれば、いつかコンタクトレンズ式のディスプレイも可能な気がします」

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