研究者紹介研究者・シーズにスポットを当て取材、理解を深める記事。

3鳥取県に潜在する素材や技術を活用した
細胞三次元培養技術の確立と機能性食品の開発

細胞を立体的に培養する技術である三次元培養を県内に潜在する素材や技術を活用してより手軽なものとして確立。動物細胞の三次元培養の分子機構の解明につなげ、これをもとに機能性食品を開発。

公設試名
地方独立行政法人鳥取県産業技術センター
肩書き
企画・連携推進部 企画室 上席研究員
研究者名
杉本 優子氏

研究のきっかけ

現在、細胞を立体的に培養する技術である「三次元培養」が広がりつつあるが、これには「難しい」「値段が高い」「設備がない」といった問題がともなう。この「三次元培養法」をより「簡単に」「安く」「どこでも」可能な方法を目指して研究をスタートさせた。

研究1/三次元培養
現状細胞を立体的に培養する技術を手軽に。

日本海の水深200~1800mの深海に生息する深海魚ノロゲンゲ。体長30cm前後で皮と筋肉の間にゼラチン質の抽出物を持つのが特徴

ノロゲンゲのゼラチン質を抽出・素材化し、その5%を細胞に投与すると、徐々に団子状になり細胞を立体的に生育させる三次元培養に成功した

ここ数年のテーマとして「動物細胞の三次元培養の分子機構の解明」に取り組んでいる杉本優子。人の身体を構成する細胞は立体的に組み合わさって組織(臓器)をつくりだしており、この細胞レベルの生命現象の解明には細胞培養が多く用いられる。専門家が一般的に使う細胞培養とはプラスチックのシャーレに平面的に細胞を増やすことを指すが、この方法では身体の内部で起こっている現象を正確に反映することが難しい。「そこでここ10年ほどは細胞を立体的に培養する技術、三次元培養が広がってきています」
その背景にはiPS細胞の開発があった。画期的な方法なのだが「難しい・値段が高い・設備がない」という問題もはらんでいた。杉本が取り組んだのがこれらの問題をクリアし、三次元培養を「簡単・お安く・どこでもできる」方法だ。そこで注目したのがノロゲンゲ。これは日本海に生息する深海魚だ。山陰ではズワイガニ漁の際に混獲されるのだが食用にする習慣がなく、ほとんど流通していないのが現状。深海魚なので海の上で捨てられたら気圧差ですぐ死んでしまう。これをバイオ素材として使えないかと考えた。まずはノロゲンゲの皮と筋肉の間にあるゼラチン質を抽出、素材化し細胞に投与して7日間培養すると、三次元培養ができることを発見。この技術から安価で簡易に試験管内でミニ組織をつくり、食品による疾病予防研究をおこなう手法を確立していく。
また大手メーカーとの共同研究では、同社が開発した「ナノ微細構造」の機能を応用して培養法を開発した。ナノ微細構造の機能のひとつに超撥水というものがある。これは水を玉状にしてコロコロと弾くというもので、この玉状の中で三次元培養「ドロップ培養」ができるようになった。こちらは現在特許出願中だ。

研究2/オール鳥取メイドの商品
コーヒー葉を栽培し、健康志向性のあるお茶を製造。

脳を保護する成分トリゴネリンを含む、澤井珈琲トリゴネコーヒー茶。コーヒーの栽培から製造まで自社で手がけた。文字通りコーヒーの葉っぱを使ったお茶で、日本茶(ほうじ茶)に近い風味が楽しめる

杉本は生理学を学んだ背景から「体にいい商品を評価する方法」や「体にいい素材を開発」する研究も進めてきた。その成果のひとつが、株式会社澤井珈琲のトリゴネコーヒー葉茶だ。大手通販サイトのコーヒー部門で上位常連企業である同社とは製品開発してきたが、これが最新のものとなる。「澤井珈琲の社長の開発ポリシーは、人の健康や産業に寄与すること。以前からコーヒーの葉を利用したものを開発したいと言われていて」。これは生産地で現地の人が体調不良の際に、コーヒーの葉っぱを煮だして飲む習慣からヒントを得たもの。ただ生産地では農薬を使用している。より健康志向を打ち出した葉を使うためには無農薬でのコーヒー豆の生産が前提となり、自社栽培しか道はなかった。しかし栽培には寒暖差が必要で、国内での栽培は不向き。そこで鳥取大学農学部にある乾燥地研究センターに支援を仰ぎ、初の試みとなる自社栽培がスタート。同時にセンターでは成分を分析したり、お茶の製造方法もイチから勉強した。ここでも新たな問題が発覚。コーヒーの葉は観葉植物のように大きく硬く、通常のお茶の製法だと青臭くて飲みづらいという。さらに葉には、豆と同様にカフェインも含まれる。そこで常識にとらわれず、製法から開発して特許を出願。カフェインや茶葉の青臭さを低減させた。
また「すべてを自社で製造したい」という希望に対しても、数g単位の試作レベルから数十kg単位の製造レベルへのスケールアップも支援。葉乾燥時の送風条件によってコーヒーの有効成分が低減するなどの課題についても対応し、完全自社製造に成功。初回製造分1000本を2019年1月末までに完売した。

研究3/植物ミネラルを活用
おいしい新鮮サラダの提案。

粉砕したアボカドに水またはミネラル水溶液を添加し、一定時間後の色味をみると1日経過経してもほぼ変化がなく、褐変防止や日持ちが向上することが判明。

次なる依頼は99.9%植物ミネラルで構成されている粉末を取り扱う会社、株式会社植物力研究所から。植物ミネラルとは草や海藻を灰にして混ぜたもので、手間ひま使ってつくられた粉末だが、これがなかなか売れない。まずは自社商品のエビデンスが取りたいということで相談を受けた。「エビデンスを使って何をするかといえば、その機能性を活かした用途開発や品質管理、そして最近よく言われるのが“Evidence based marketing”。消費者にも科学的根拠に基づいた商品情報を提供するというもの。BtoBにおいて、信頼性の高いデータを提示することはとても重要です」
このデータをもとに「植物ミネラルには何ができるか」という観点から研究をはじめた。ターゲットは化粧品業界。そこでもっとも訴求力のある美白に着目して取り組む。試験管で人工的につくったメラニンに植物ミネラルを加えると、無機質の組み合わせによる強い抗酸化性作用によりメラニン生成が阻害されていることが分かった。まずは「メラニンを消去するミネラルの製造方法」の特許を取得。さらにメラニンをつくるチロシナーゼという酵素に注目。この酵素が果物を茶色く変色する褐変酵素と同じ種類であることから、「野菜や果物の変色も抑えられるかもしれない」と仮説を立てる。そして褐変が顕著なアボカドに植物ミネラルを添加してみると、褐変防止だけでなく日持ちも向上することがわかった。さらに粉砕したアボカドに水またはミネラル水溶液とマヨネーズを添加し、味覚センサーで評価したところ塩味やコクが増え、美味しく食べられるようになったのだ。これが植物ミネラルの新たな用途開発につながり、植物力研究は販路を拡大していく。

「鳥取県にバイオ産業を育てること」
それが自分の研究のゴールにさだめて。

杉本は大学・大学院でバイオテクノロジーを専攻し、培養細胞を使った病気の発症メカニズムに関わる研究に携わった。白血病の特効薬の研究もしており、やりがいもあった。しかし創薬は基礎研究から長い道のりを経て、1000個提案して1つが認可されればいい世界。次第に自分の研究が外に出ていく姿が見たいという想いを抱くように。「プロダクトアウトしていく研究をしたいなと。また研究成果を喜ぶ人が近くにいると、モチベーションも高くなりますし」。そんなことを漠然と考えていたら、知り合いが同センターの研究員募集を教えてくれた。ここなら思い描いていたことが実現できると感じた。
「基礎研究を企業が使えるようにすることは、基礎研究を技術に変えるステップが必要。このステップは研究機関にいるとなかなかできないこと。企業ごとに必要なサイエンスを用いて、私たちがテクノロジーに変えていく、この仕事に非常にはりあいを感じています」。これまでやってきた医薬品の研究とくらべても、医薬品の成分が食品に変わっただけで、「どこの細胞にどのように作用させるか」という考え方は同じ。またこれまで研究してきたバイオ技術がおおいに役に立っているという。
「現在は企画室に所属していますが、県内の企業さんの武器を勉強して、食品加工に役立つ技術やバイオ系に転用できる技術を探している感じです。当センターは県内に3ヶ所あり、米子だと機械や金属材料系、鳥取は電子部品や有機材料系というように、得意としている分野が違う。それらを勉強して食品やバイオに応用してイノベーションをおこす準備をおこなっています。企業さんを技術的に応援することで、 鳥取県にバイオ産業を育てること。 これを研究活動の最終ゴールにしています」

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