成功事例紹介公設試とつながって、成果を出した事例を紹介。

皮膚に備わった機能を模倣することで
皮膚細菌叢を制御し健康を維持する

成果のポイント

皮膚常在細菌叢のなかから悪玉菌を抑え、善玉菌を抑えない研究に対して企業が着目。過去に取り組んだ研究技術やネットワークも最大限活かして、製品化まで導いた。

製品開発

2021.04.01

活用サービス
技術相談、機器・設備利用、委託試験・分析、シーズ・ノウハウ提供、共同研究・受託研究、知財共同出願
社名
株式会社桃谷順天館
公設試名
大阪産業技術研究所 森之宮センター
研究者氏名
総括研究員 生物・生活材料研究部 脂質工学研究室長 永尾寿浩氏

微生物はすべてが悪いものではない。
菌を制御することで良い結果へ導く。

ひと昔前まで「菌=バイキン」ととらえられており、そこに清潔志向も加わって菌はすべてを排除することが当たり前とされてきた。しかし現在では菌の中にも良い菌(善玉菌)と悪い菌(悪玉菌)が存在することが広く知られ、スーパーにいけば、腸内環境を整えるための乳酸菌配合食品が多く出回っている。しかし善玉菌、悪玉菌という概念は腸だけの話なのだろうか? 「私たちの皮膚、口腔、泌尿器などにも善玉菌、悪玉菌は存在しており、汚れとして嫌われる皮脂も適量ならば健康に寄与しています」と永尾寿浩研究員は語る。そういった菌の性質を踏まえ、永尾が「菌の制御」の研究をはじめたのは2011年のこと。肌には200種以上の皮膚常在細菌が存在する。この皮膚常在細菌叢をスキンフローラといい、肌のコンディションと密接な関わりを持つ。このバランスが崩れ悪玉菌が優位になると皮膚トラブルの原因になるという。「私の研究は皮膚の微生物から悪い菌だけを抑えて、良い菌をだけを残すというものです。具体的には黄色ブドウ球菌といってアトピー性皮膚炎や肌荒れの原因となる菌を抑えて、善玉菌と呼ばれる表皮ブドウ球菌を残します」。この表皮ブドウ球菌は肌にうるおいを与え、バリア機能をアップさせる肌にとって重要な役割を持ち、今では化粧品業界で「美肌菌」ともてはやされている。そんな注目を浴びる以前から研究に取り組んできたが、当時まだ「微生物はすべて排除」という概念が主流で、研究は全然受け入れられなかったという。風向きが変わったのは先の腸内細菌への注目が集まった頃。すべての菌が悪いものではなく、コントロールすることで良い結果が生まれるという認知がようやく生まれた。

「新しいことに挑戦したい」
企業からのアプローチで一気に走りだす。

株式会社桃谷順天館から永尾に声がかかったのは2015年のこと。創業135年の老舗化粧品メーカーである同社は、創業者が妻の悩みであったニキビの薬をつくったことからその歴史を紡いできた。「にきびとり美顔水」をはじめニキビ予防のための技術を軸に、永年にわたってヒトと細菌の関わりに注目し続けてきた企業だ。化粧品=肌を美しく保つもの、という創業から変わらぬ考えで、既存の枠にとらわれないものづくりを進めている。
そうして永尾の研究が、新たなシーズを求めて大学等の研究室をまわっていた担当者の目に止まる。両者の思惑が合致して、これまでにない発想による商品の研究開発が共同ではじまった。まずはニキビの原因の1つであるアクネ菌のなかで良い働きをする菌を残し、悪いアクネ菌だけを取り除く研究に着手。こちらは特許出願し、現在も研究継続中だ。同時に手がけたのが、肌の悪玉菌を優先的に減らし、美肌菌を残す「フローラコントローラ FC 161」の研究開発。皮脂中のサピエン酸は悪玉菌黄色ブドウ球菌を抑制し、善玉菌表皮ブドウ球菌を抑制しない作用を持つ。しかしサピエン酸は天然油脂中には存在せず、入手は困難。そこで多数の脂質の抗菌活性を調べたところ、サピエン酸と構造が似ている天然油脂中のパルミトレイン酸が皮膚細菌の制御に優れていることを見出し、サピエン酸の代替物となりうることが判明した。しかし、善玉菌であっても、過剰に増やし過ぎると副作用が起こる可能性がある。永尾の研究のコンセプトは善玉菌を過剰に増やすのではなく、健康な状態と同程度の適切な量と割合を保つこと。そのためには、皮膚に元来から備わった機能を模倣すれば良い。この技術シーズを応用し、パルミトレイン酸を含有する化粧品原料の開発を桃谷順天館と共同で進めた。そして独自成分「フローラコントローラ FC 161」を配合した化粧品「モイストラボフローラ」シリーズが2019年7月末に発売された。「肌の菌バランスをコントロールする」という新しい考え方にもとづく画期的な製品の誕生だった。

技術とネットワークをフル活用して
ビジネスの出口となる製品化へのサポート。

永尾が在籍する大阪産業技術研究所 森之宮センター 生物・生活材料研究部脂質工学研究室では、かねてより「リパーゼ」「脂質(油脂)」「微生物」を組み合わせた研究をおこなっており、企業との共同研究を積極的に推進してきた実績がある。永尾の現在の研究は微生物の制御だが、そのひとつ前には油脂を精製・製造する研究に永らく取り組んでいたという。そして当時の技術があったからこそ、今回の研究開発そして製品化につながったと語る。
「まずは植物由来の素材を手に入れること。さらに油脂を加工する技術が必要でしたが、それらに関しては十分な知識があり技術指導することができました。また商品化にあたって特殊な加工を依頼できる会社も知っており、そちらの企業を紹介できたので大変喜ばれました」
かくして共同研究はスムーズに進んだ。ひとつ難しかったことをあげるとすれば、コストの問題だという。実験で成功した原料であっても、製品化する際には大量に必要となる。原料費はそのまま商品の単価に跳ね返るため、コスト計算は避けて通れない。独自成分「フローラコントローラ FC 161」は植物由来の素材を使用しているが、実験と同様の結果を得られ、なおかつ大量生産に耐えうる価格や供給量を持つ素材も知り合いの大学の先生の紹介で永尾が探しだした。「研究でもそういったコスト計算は求められますが、今までの経験と学会等で形成したネットワークから得た原料の輸入先の知識も役に立ちました」。ビジネスを意識しながら、その価値を研究員も一緒になってつくりあげていった好例といえるだろう。

つねにビジネスを意識すること。
それが企業との共同研究の鉄則。

今回の成功のポイントのひとつとして、「企業との共同研究のあり方」を指摘する永尾。「私の上司は油脂の精製・製造の研究に取り組んでいて、DHA高含有油の製造技術の開発を企業と一緒につくりあげ、製品化してきました。その姿をかたわらでずっと見ていたから企業とのつきあいかたも学ぶことができましたし、自分自身の成長にもつながったと思います」自身のシーズを活かし、企業と一緒になって研究開発するうえで大切なことをたずねると、「ビジネスを意識すること」という明確な答えが帰ってきた。「企業の担当者はつねにアンテナを張り巡らせて、新しいシーズやアイデアを求めています。ですから私たちもそのアンテナに引っかかるように、最新の情報をWebで発信し続けることがとても重要なのです。それと営業担当と開発関係者では見ているところが全然違います。ですから誰が見ているかを意識することも大切です。私たちにとって研究はもちろん大事ですが、発信しなければ意味がない。若い研究員にもそういう点を学んで欲しいですね」。桃谷順天館からは独自素材である「フローラコントローラ FC 161」を使用したミストが2020年3月に発売。さらにこの素材を練りこんだ繊維を肌に直接 触れる内側に使用した、次世代マスク「モイストファイバーマスク」も誕生している。「今回の製品化は研究目的達成の第一歩」だという永尾。今後は領域を広げ、医療分野に向けた応用研究へとさらに発展させたいと語った。

研究者紹介

公設試名
地方独立行政法人大阪産業技術研究所 森之宮センター
肩書き
総括研究員 生物・生活材料研究部 脂質工学研究室長
研究者名
永尾寿浩氏
専門分野
生物・生活材料研究
会社概要
明治時代に創業し「にきびとり美顔水」という西洋医学処方の化粧水を初めて生みだした桃谷順天館。ニキビ予防のための技術を軸に、創業から変わらずヒトと細菌の関わりに注目し続けてきた。そこから続く135年の研究・開発の中で、美肌のカギは肌の常在菌バランスにあるとし、これまでの「菌を排除すべき」との考えから、「肌にとって良い働きをする菌は残して育てる」という新しい考えにシフトして、独自成分の開発を進めている。
企業情報
株式会社桃谷順天館
所在地
大阪市中央区上町1-4-1
電話番号
06-6768-0610
URL
http://www.e-cosmetics.co.jp/