研究者紹介研究者・シーズにスポットを当て取材、理解を深める記事。

4目に見えない光を
利用可能な光に変換する革新的技術。

空気中でも安定して「低いエネルギーの光」を「高いエネルギーの光」に変換する「光アップコンバージョン」フィルムを開発し、特許を取得した。

公設試名
和歌山県工業技術センター
肩書き
化学技術部 主査研究員
研究者名
森 岳志 氏
研究テーマ
近赤外ー可視光アップコンバージョンフィルムに関する研究
専門分野
光機能化学

研究のきっかけ

有機ELなどの発光材料の研究に携わり、その応用で有機色素を使った太陽電池の研究を進めていく中で、もっと面白いことができないかとテーマを探るうち「光アップコンバージョン」にたどりついた。

近赤外光を可視光へと変換して
太陽光エネルギーを有効活用する。

和歌山県工業技術センターは光アップコンバージョンを実用化して県内産業を発展させるため、 「空気に触れても消光しない」透明なプラスチックフィルムを開発。一般的に三重項ー三重項消滅過程を経由する光アップコンバージョンは、酸素を遮断した特殊な結晶や溶液(半固体)などでのみ起こる現象で、空気に触れると消光するため、実用化には至っていない

降り注ぐ太陽の光。再生可能エネルギーを活用した持続可能な世界を思い描くとき、社会ではさまざまな局面でこの太陽光エネルギーの有効活用が必要とされる。そのひとつのアプローチとして「光アップコンバージョン」がある。これは低エネルギーの光を、高エネルギーの光へと変換すること。これまで利用できなかった光エネルギーの利用を可能にする革新的な技術だ。
和歌山県工業技術センターの森岳志は、この光アップコンバージョン材料の開発に力を入れてきた。「目に見えない光、近赤外光を可視光へと光変換していこうというのが、現在取り組んでいるプロジェクトです。近赤外領域の光は太陽光のなかでも、エネルギーとしての熱に変換するなど以外は利用が難しい。これを可視光に変換できれば、太陽電池や光触媒といったデバイスやアプリケーションの効率を高めたり、あるいはバイオイメージングにも応用できるのではと考えています」
通常、光エネルギー変換では「光ダウンコンバージョン」を利用しているという。「LED照明でもLEDチップ自体は青色に光っています。そこに補色である黄色蛍光体を組み合わせて白色に見せている。これも光ダウンコンバージョンを利用したものです。水と同じでエネルギーも高い方から低い方へ流れます。つまりこれまで光アップコンバージョンは、特殊な条件下でないと起こらない現象だったんです」

誰もやっていない実用的な材料化を。
光アップコンバージョンPVAフィルムの開発へ。

「光アップコンバージョン」とは、低いエネルギーの光が高いエネルギーに変換される現象

森が光アップコンバージョンに着目したのは5、6年前のこと。当時手がけていた太陽電池の研究が終わりかけた、ちょうどその頃。同センターで「大学やほかの研究機関が手がけていないことを、シーズとして持っておくべきではないか」という気運が高まったという。5~10年先の県内産業の振興を図るため、技術を先取りして研究するという、この「コア技術確立事業」において、新たな研究テーマを探すことになった。そして「光アップコンバージョン」という現象にたどりつく。「事前に技術調査をいろいろおこなったのですが、国内の大学でもまだ2~3グループほどしか研究しているところがない。そちらに話を聞きにいくと、これなら違ったアイデアで発展させて成果が得られるのではと考えました」
そこで「未利用光の有効活用」を掲げ、2017年度から研究開発を開始した。研究では洗濯のりなどに使われる、PVA(ポリビニルアルコール)を原材料としたフィルムを使用。光を吸収する色素と発光する色素、この2種類の色素を合わせた合成技術と、フィルムを引っ張る加工技術を組み合わせた独自の技術により、空気中でも安定して光アップコンバージョン現象を起こすフィルムの開発に成功。低エネルギーの光を高エネルギーの光に変換する基礎現象を確認した。このフィルムは空気に触れても光が消えない透明なプラスチックフィルムで、すでに特許も取得。これまでにも光アップコンバージョン現象は報告されていたが、「液体中や空気に触れない」という制限された状況下でのみ起こる現象。しかしこの研究では、大気中での容易な作成が可能となったのだ。

光アップコンバージョン技術の
応用を目指して、オーストラリアへ。

低いエネルギーの光(緑色)を高いエネルギーの光(青色)に変換したフィルム(緑色の光だけをカットするフィルター越しに撮影)

「現状ではまだまだ基礎研究の段階です。今後は県内企業と一緒に実用的な用途展開を目指していきたい」と話す森。研究をはじめた頃は報告例も少なかった光アップコンバージョンも最近は注目を浴びており、国内の大学でも研究するところは増えてきた。さらに海外に目を向けると応用のアプリケーションにまで、研究を進めているチームもあるという。「このテーマを見つけてからは、太陽電池への応用研究を積極的に進めていたウロンゴン大学での研究も行いました。材料の設計や測定方法を研究して、実用化に向けて応用しています。海外では国内とは違う考え方で進めているので、とても刺激にもなりました」
研究を進めるうえで難しかったのは、空気中、固体で光アップコンバージョン現象を起こすこと。「フィルム化することで今後いろいろ応用できるだろうと考え、試行錯誤しながら挑戦したわけですが、最初はアップコンバージョン発光が全然確認されなくて、空気中ではやはり難しいのかなと苦労しました」。それを突破したのは、違う分野の人からの意見。一緒にやっているメンバーのなかにフィルムの作製に強い人からのアドバイスがあり、材料の色素の比率やフィルムの作製方法を最適化することで成功につながった。「違う角度から意見をもらい、知恵を合わせたことでうまくいく。チーム研究ならではの経験もできました」

この技術が応用できれば
「どこでも発電」に一歩近づく。

これは光アップコンバージョンの写真です。近赤外光を照射して黄色の発光を得ています

現段階でフィルムの厚さは10~100ミクロン程度まで調整が可能。薄くて曲げられるため汎用性が高く、さまざまな用途での活用が期待される。将来的には太陽電池にフィルムを貼ることで発電効率を向上させたり、窓用省エネフィルムや偽造防止加工などへの応用が見込まれている。森はひとつの例として光触媒をあげた。「一般的には光触媒は紫外線の光を吸って触媒作用を起こします。そこで可視光を紫外線に変換できれば、触媒効率が向上するのではないかと考えています」。たとえば多様なエネルギーのなかでも、極めてクリーンなエネルギーとして注目されてきた水素。これを発生させる光触媒がある。今は紫外線を当てることで水素を発生させているが、これに太陽光エネルギーの約半分を占める可視光を用いて水素をより多く発生することができれば、化学工場やFCV(燃料電池自動車)などで原料や燃料として使うことができる。そして光エネルギー変換を利用して夢のような技術の実現に近づく、ブレークスルーとなるかもしれない。「水素にしてもそうですが、現在身の回りで利用している多くのエネルギーは、発電所のような大規模な場所でしか生み出せませんよね。それが例えば光エネルギーを利用して水素を生み出し、それを利用して電源の無い場所で必要な電気を取りだせたら、どこでも電源になりうる。災害が起こった場所でも発電が可能になる、今回の開発からそんな技術が生み出せたらいいなと思います。やっぱりエネルギーがどこでも手に入るというのは、夢でもあると思うので。(あくまでも光を利用してという前提ですが)」そのためには、すでにあるエネルギーをうまく変換することが重要な技術の一つとなりえる。現在取り組んでいる「光エネルギーを変換する」研究も、将来的により簡単に行えるようになれば、とんでもなく便利な未来が開けるだろう。

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